2016 July

 

 

 
 
 
旧朝香宮邸、東京都庭園美術館に「メディチ家の秘宝ールネッサンスのジュエ リーと名画」展を見に行く。ルネッサンス文化発祥の地フィレンツェに 300 年に渡って君臨したメディチ家、芸術家達の強力な擁護者となった一族の名はルネサンス芸術の代名詞とも言える。

 

 

 
 
 
 
 
ワタリウム美術館に「園子温展 ひそひそ星」を見に行く。映画監督である氏の アート展は昨年の高円寺のギャラリーに続くものと言う。構想に25年 をかけた 最新作の映画「ひそひそ星」に使われたインスタレーションや小道具、絵コンテ 555枚のほか、100年後の忠犬ハチ公をテーマにしたイン スタレーション など。私は映画作品は知らないけれど、透明感のある美しくポエティックなイン スタレーションにどこかノスタルジックな気分にな る・・・。

 

 

   
大雨の中、迎賓館赤坂離宮の見学に行く。かつて紀州徳川の江戸屋敷があった広 大な敷地の一部に明治42年(1909年)に東宮御所として建設され た日本 における唯一のネオ・バロック様式の西洋風宮殿建築。鹿鳴館などを設計した建 築家ジョサイア・コンドルの弟子に当たる宮廷建築家片山東熊の 設計により、 当時の日本の一流のの美術工芸家が総力を挙げて内装などに尽力した。外観があ まりにも華美過ぎたことなど、大正天皇が御所として使用 する事は無く、嘉仁 親王が天皇に即位した後は離宮となり、そのため赤坂離宮と呼ばれた。
 
第二次世界大戦後、赤坂離宮の敷地や建物はは皇室から国に移管され、国立国会 図書館、法務省や東京オリンピック組織委員会などに使用されていた。 日本も 戦後国際社会への復帰を果たし外国の賓客を迎えることが多くなり、それまで迎 賓館として使用されていた旧朝香宮邸(現  東京都庭園美術 館)では手狭と いうこともあって、池田勇人首相、佐藤栄作首相と検討着手が続き、昭和49年 (1974年)田中角栄首相の時代に完成した。
 
 
赤坂離宮を改修し迎賓館とするため、建築家は村野藤吾、和風別館は谷口吉郎の 設計協力により完成。2009年には旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)と して国 宝に指定される。明治以降の文化財としては初の国宝となったそう。初等科の 頃、国賓の来日の度に、日の丸の旗を振りつつ整列した事を思い出 す。夏の間 10日間だけの公開だったこの迎賓館、今年の4月からは通年公開になり嬉しく 思っている。

 

 

 
 
どんなモノでもアーティストによってオブジェに生まれ変わる。ブラインドを 使ったこのオブジェ、ポンピドーセンターの大空間に差し込む日差しがブ ライ ンド越しにさまざまな影を作る。その美しさはとてもブラインドとは思えない。

 

 

   
 
ポンピドーセンターで「パウル・クレー大回顧展」を見る。4月から始まったこ の展覧会、1969年以来の大回顧展。ベルンのパウル・クレーセン ターを始 め各国の美術館やプライベートコレクションから230点もの作品が一堂に会す 壮大な企画。20世紀を代表する画家でありながら、回顧展の 開催は約50年 ぶり。
スイス出身のパウル・クレー、ベルンの音楽一家に生まれたクレーはヴァイオリ ンの腕はプロ級であり、そのためクレーの作品の画題にはポリフォニー やフー ガといった音楽用語が用いられているものもある。ミュンヘンの美術学校を経て パリへ、パリではロベール・ドローネと出会いその光に使い方に 影響を受け る。1914年の春、チュニジアを旅行して以来、鮮やかな色彩に目覚め作風は 一変する。1915年には詩人リルケに出会い多くの刺激を 受ける。
1920年、ミュンヘンのゴルツ画廊で大回顧展が開かれ、同時にエッセイ「創 造的信条告白」を発表し当時の現代美術最前線に位置する画家として知 られる ようになり、グロピウスの招聘を受けバウハウスで教鞭をとることになる。 1921年から1931年までの10年間、ロシアから戻ったカン ディンス キーとアトリエを共有しさまざまな著作も残す。バウハウス退職後はデュッセル ドルフの美術学校で教えていたが、ナチスの前衛芸術弾圧はク レーにも及び、 生まれ故郷のベルンに亡命。
   
 
 
クロノロジカルにクレーの全貌を見られる正に大回顧展。ドイツのデッサウにバ ウハウスを訪れた時、クレーとカンディンスキーが共有していたアトリ エを見 て「巨匠2人がこの小さな空間に一緒に?」と思った事を思い出す。カラフルで 鮮やかな中に、どこかシュールでアイロニカルな作風をゆっくり 堪能した素晴 らしい展覧会。ヴァカンスの時期で長蛇の列で何時間も待つ事もなく、空いてい たことが何より!

 

 

   
 
 
 
 
 

 

 

 
ポンピドーセンターで大好きな家具デザイナー「ピエール・ポラン」の展覧会を 見る。1927年パリに生まれ、エコール・カモンド校で家具の伝統を 学び、 イームズやサーリネン、ネルソンなどのミッドセンチュリーデザインの大御所か ら多大な影響を受ける。
 
 
 
 
 
expo index 1970年の大阪万博ではフランスパビリオンにトリコロールのソファ「アン フィス」を展示、特殊な構造の斬新で新しい発想の巨大なソファ・・・。 パリ 日航ホテルのロビーにも使われていた。1987年には国際インダストリアルデ ザイン賞を受賞。2009年に亡くなる直前、ロゼ社から発表した パンプキン がパリの国際家具見本市で「デザイン・オブ・イヤー」を受賞するなど82歳で 亡くなるまで生涯現役どころか、生涯第一線のデザイナー だったことも素晴ら しい。 page top

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